平成30年度に入り早2か月半、特にこの1か月間はバタバタしてあっという間に過ぎてしまった保坂が担当します。

2001年9月11日、アメリカで起きた同時多発テロの後、世界中に配信されたひとつの詩がありました。

『最後だとわかっていたなら』

ノーマ コ―ネット マレック・作
佐川 睦・訳

数年前、とある講座の中で講師の方が紹介してくださり、私はこの詩を初めて知りました。

明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたらあなたは今日を後悔するだろうから

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう
そうすれば、もし明日が来ないとしてもあなたは今日を後悔しないだろうから(一部抜粋)

約1か月前の5/10、この日は夫&甥っ子の誕生日。そして今年から義母の命日にもなりました。

結婚時には義父は他界していたので結婚と同時に義母と同居。

結婚した年の年末に転倒してから幾度となく骨折を繰り返し、入院→手術→退院→施設を経由して自宅で生活、そしてまた転倒。。。。

年齢のせいか、入院を重ねる毎に生活能力(歩行や嚥下)はおちてきてここ数年は施設で過ごしていました。

施設入所当初は面会に行くと「家に帰りたい!!」「生ものが食べたい!!」とよく訴えてたり、人の認識もちゃんとできていましたがそれも次第に難しくなり、我が子に変化していく姿を見せる事がつらく、子ども自身もその変化に気づき面会を怖がる、でももしかしたらと・・・思いながらここ数ヶ月過ごしていました。

そして運命の日。夫は何かを感じ5/9は病院に宿泊。無事に5/10の朝を迎えれた。
遠方に住む親せきも面会に来てくれました。
私も何かを感じ夕方習い事を休ませ、嫌がる子どもを連れて面会に行きました。

容態も安定しているというので「また来るね!!」っと声をかけて病室を後にした数分後、容態が急変しそのまま帰らぬ人に。義母はきっとみんなに会えて安心して旅立ったのだと思います。

「また来るね!!」といった時が最後だとわかっていたら・・・と思ったが、何かを感じ病院に泊まり、嫌がる我が子を面会に連れて行き、葬儀までの数日間我が家に帰って長年使っていた布団で眠り、ここ数年食べられなかったお寿司を棺に供え、出棺の際に「ありがとう」と伝えた。

その時、できるかぎりのことはやれたと思っています。

当たり前だと思っている事が当たり前ではない。大切な人に素直に気持ちを伝える。
やらずに後悔するくらいならやって後悔する。<=私の座右の銘

Mamacanではいろいろな情報を発信しています。

次回がある?ではなく、今回限り、今回最後かもしれない!!
参加するのは今でしょう!!←ちょっと古い(笑)
参加申し込みをお待ちしております♪

MamaCanの活動に興味をお持ちの方はこちら

MamaCanイベント一覧はこちら